日の出太陽の家ボランティアセンターについて

ご挨拶

「やさしいことをすると花が咲く 命をかけてすれば山が生まれる」(斉藤隆介作絵本『花さき山』より)
この言葉は日の出太陽の家創設者中島正清さんの好んだ絵本の一節です。日の出太陽の家開設までに多くのボランテイアの協力がありました。「ボランテイア人が増えれば社会が変わる」中島さんの持論で、ボランテイア養成は社会福祉法人太陽福祉協会のミッション(使命)になっています。

いま、たくさんのボランテイアが日の出太陽の家や武家屋敷に集まってくれます。ここを基地に世界に飛び立つボランテイアもいます。外国からやってくるボランテイアもいます。福祉分野に限らず自然、環境、農業、町づくり、観光など幅広いボランテイアの活躍ができる場にしていきたいと思います。「一人一人が太陽のように輝ける未来」を作ることが私たちの夢です。
ぜひ、活動にご協力ください。

NPO法人日の出太陽の家ボランテイアセンター
理事長 久保田武男

 

 

私たちの夢、そして使命、創設者の夢

「障害者の理解を」
日の出太陽の家創設者「中島正清」氏は障害者福祉事業を始めるにあたり、世の中の人たちが障害について理解がないことを体感しました。知らないことが恐怖心を生み、そこから差別が生まれるのです。障害者と接する機会がない、障害についての病名、特徴、障害の発生原因などについて知る機会がない・・・世の中の人に障害について少しでも理解をしていただきたいと、施設の開放を唱え、武家屋敷をボランティアの研修場所として提供しました。「若い人が一度でも障害者と接することがあれば、自分が父親、母親になったとき、決して差別をしない人になる。そのような人がたくさん増えれば、世の中は変わる」

障害者の社会参加と社会貢献
中島氏は敷地を購入したときから武家屋敷を障害者の働ける場にしたいと考えていました。「彼らには社会の役に立てる役目が必ずあるはずだ。一人一人の能力を引き出し、社会の人と接する機会を作れば、お互いが(理解し)幸せになれるはずだ」「日の出太陽の家は(社会から)していただいて当たり前という根性を持ったら終わりだ。社会のためにできることを精いっぱいやる、その姿勢が必要だ」武家屋敷の購入も陶房の建設も発想の上にありました。

障害発症の原因と対策を
中島氏は晩年、頸椎損傷を負い自身が身体に障害を負いました。それでも「医学は進歩している。こんな障害も治る日が必ず来る。希望を捨ててはいけない」と言い続け、医学の進歩に役立てたいと自身の身体を献体されました。「障害を負った子たちを守り育てるのは福祉の仕事です。しかし、障害を持つ原因を学び、それを伝えるのも私たちの大事な仕事です。福祉のプロがそれをしなかったら、社会の(障害者への)理解は少しも広がりません。」

障害児と家族に光を
障害児の専門病院に行くと、障害児を抱える若いお母さんがたくさんいます。今も障害を持った赤ちゃんがたくさん生まれています。中島さんは、その現実を目の当たりにして、あらゆる障害児とその家族の幸福づくりを考えていました。「私は、たった30人の(障害を持った人たちの)お役にしか立てなかった。ここにいる子供たち、これから生まれてくる(障害を持った)お子さんとご家族の幸福の道づくりを、世の中の皆さんと一緒に考え、そして実現して行ってください。頼みましたよ。」

一人ひとりが太陽に
「障害のある人もない人も、みんなが輝いて生きられる世の中を作りましょう。みんな自分の人生に花を咲かせるために生まれてきたのですから。」

2008年6月23日 創設者中島正清氏 83歳で旅立たれました

創設者の遺志を引き継ぎ、その想いを実現するためにNPO法人日の出太陽の家ボランティアセンターは活動しています。

 

日の出太陽の家物語

 

日の出太陽の家の創設物語にて、創設者の中島氏の想いを感じていただければと思います。

 

 

ボランティアセンター概要

 

法人名 NPO法人日の出太陽の家ボランティアセンター
所在地 〒190-0181
東京都西多摩郡日の出町大久野5107
電話番号 042-597-3835
FAX番号 042-597-2812
代表者 理事長 久保田武男
設立年月日 2000年7月11日
正会員 17人
業務内容 1 ボランティアコーディネーターの配置事業
2 地域でのボランティア活動推進のための指導者育成事業
3 保健、医療、福祉、環境の保全、国際協力、子供の健全育成等のボラン
ティア教育を行う地域公共団体、施設、団体との共催事業
4 国内外から利用されるボランティア研修所の管理運営を行う事業
施設名 武家屋敷
E-mail buke@taiyonoie.org

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